31日は医師会支部の定例総会でした。時々はこうして他の施設の先生方とお話するのも必要かなと。
今日は午前中のみの勤務です。昨日、身内でご不幸があったため理事長がお出かけされたので私1人の勤務でした。現状では2人での診療だとどうしてもどちらかの手が空いてしまいとても非効率的と言わざるを得ません。しかし今日のように1人で診療してみるとそれなりに忙しくて、今のこの診療所の「実力」は医者1人分なのだということを改めて実感させられました。この診療所にまつわる状況はその後も二転三転四転五転・・・と正直もうわたしゃ知らん!と匙を投げたくなるような状態です。その心境はまさにさるエアコンのCMのBGM「♪もうどうにでもして〜♪」といった感じでしょうか。ただ、冷静になってみればもういつまでも他力本願な姿勢ではいられないなと考え始めています。とはいえ、現状では例えば新たな勤め先を探すというような行動にでるわけにもいかずストレスが溜まります。まあ、手っ取り早くこの問題を終焉に導こうと思うのであれば私が辞表をたたきつければいいのですが・・事情はそんなには単純ではないようです。♪もうどうにでもして〜♪
2002/10/25〜28 更新はお休みです。
最近では珍しく平日の更新です。今日は朝は小雨のぱらつくお天気で、いつも私の起きる時間では徒歩では間に合わないため「仕方なく」ヨメに送ってもらいました。ちなみに私の車はこの月曜日から入院中で今週一杯は帰ってきそうにもありません。ここ1年近く放置したままだった当て逃げされて凹んだ部分の修理に出しているのです。
今日の外来も出だしは至っていつも通りで午前中は私は比較的ゆったりとしたペースでした。午後は理事長が近くの保育園の健診にお出かけなのではじめの1時間半は私一人となりました。それでもいつものペースであればそれ程忙しくはないだろうとタカをくくって外来に降りていったのですがそれがまずかったのかも知れません。確かに受診者数としてはいつもと同程度だったのですが、午後は「濃い」症例が多くてほとんど息つく間もないような診療となってしまいました。一人は嵌入爪(巻き爪)、しかも高度で手術が必要なものでした。手術とはいっても爪の食い込んでいる部分を切除して、切除した部分を薬品で処理するだけなのですが、今日の患者さんは2カ所処置せねばならなかったので時間としては30分前後はかかってしまいました。その間にも机の上にはカルテがたまっていき、処置を終えて汗も拭えぬまま診察していると今度は足のケガをした患者さんが受診してきました。訊けば作業中右のかかとに鉄製の棒(直径7mm)が刺さったとのことでした。足底の患部を診るとバンドエイドが貼ってあって創そのものは小さいのですが、本人の「刺さったのがなかなか抜けなくて両手で引っ張ってやっと抜けた」との言葉が気にかかって診断用の針金(ゾンデといいます)を恐る恐る挿入してみるとなんと創の深さが8cmもあって踝のところまで達していることが判明しました。踝の下を圧迫すると足底の創から血液が噴き出してきました。結局かかとから踝の下に至る「洞窟」ができている状態で、これを放置すると感染を引き起こす可能性が極めて高いため単に傷口を消毒して終わりにするわけにはいきません。あれこれ考えた末、できてしまった「洞窟」の盲端を敢えて切開しトンネル状態にし、そこから内容を排出するためのチューブを留置する処置を行い内部を洗浄しましたがこれまた小一時間を要してしまい、机にはまたカルテがたまっていました。途中から理事長もお戻りになっていたのですが、どういう訳かこういうときに限って私に受診する患者さんばかりだったりするので本当に息つく間もありませんでした。お待たせした患者さん方にお詫びをしつつ診療をこなしていきあと一人というところになってようやく気持ちにも余裕が持てるようになりました。往々にしてこういった場合、この油断がいけないようです。最後の一人の患者さんは12歳の男児でしたが5日前に感冒症状で受診し薬を内服したにもかかわらず再度発熱したとのことで、聴診してからもしやと思い胸のレントゲンを撮ると思い切り肺炎を起こしていました。本人は熱以外は思いの外元気なのですが、一も二もなく抗生剤の点滴をすることにしました。この時点ですでに診療時間は過ぎていたのですが、結局点滴が終わってみれば7時を過ぎてしまいました。この患者さんは明日も高熱が続くようならしかるべき施設に入院させようと思っていますが、点滴の効果が現れてくれることを祈るのみです。
このところ診療以外でのゴタゴタ続きで変に受診が途切れている時間が長かったりするといろいろとろくでもないことを考えてしまうことが多かったのですが、今日はなにか久しぶりに無心で本来の仕事ができたように思います。理想論に過ぎるとは思いますが、今日のようにそのときは大変でも毎日一心不乱に診療に没頭できるような状態でいられれば今この診療所が抱えている問題も徐々に解決できるのかなとも思ったりしています。いずれ自分が背負うであろう責任を考えると今の自分の診療の仕方では対応しきれないところも多々出てくることは確実(何せ仕事が遅い)なのですが、一方で自分のやり方に対するこだわりのようなものもあってそのジレンマは未だ自分の中では解決はしていません。ただ、今日のように疲労困憊してしまったような日でも自分本来の仕事ができた充実感は何物にも代えられないものだということは改めて実感してしまいました。
2002/10/21〜23 更新はお休みです。
今週は月曜日が体育の日でお休みだったので火曜日は午後も仕事でした。なので火曜日から金曜日まで連日一日勤務でしたからとても長い一週間に感じられました。このところのゴタゴタで気分的にはかなり沈み気味なのですが、それでも患者さんに対してはいつものように接しなければならず仕事とはいえちょっとキツくもあります。
そのゴタゴタですが、今週また少し動きがありました。今の施設の状況を私に関して極めて単純化していえば、結局ここにいられるか否かということになります。いられないということはすなわち診療所が閉じられるということで、事態は深刻です。極めて打算的な考えですが、もし閉院ということになると傍目には私が院長になって2ヶ月足らずでつぶれたように映るでしょうから今後もこの地域で生きていくことを考えると私にとってはもっともっと深刻です。当然私はこの施設をつぶすようなことは何一つしておらず、私からすれば完全にはめられたとしか思えませんからその憤懣やるかたないところです。一方、冷静に考えてみれば言葉で簡単に閉院とはいっても戦前から存在するこの施設にはここを頼って下さっている患者さんが減少しつつあるとはいえ少なからずおられるのですから道義的にもそう軽率にできることではありません。存亡の危機とはいっても存続できる方法がつきた訳ではないのでその道を探らねばなりません。・・・と私なりに考えをめぐらせてはいたのですが、私ごとき若輩が考えずともそれを考えている人がちゃんとおられて(と、いうよりそもそも私はそれに関してどうこうできる立場ではありませんでした)今週は少し光明が出てきた感じです。詳しくは書けませんが救済を依頼していた組織(医療法人)がどうやらその方向に動いてくれそうなのです。ただ、それにあげられた絶対条件の1つに私が院長としてここにとどまることというのがありました。また、その場合の私の立場は完全に勤務医のそれで法人内の一つの施設の責任者というものです。これは形の上では今までと全く同じで私が望んでいたものなのですが、これまでのような曖昧さがない分私にはより好ましいといえます。私とてできればもう職場を移りたくはないのでこのままうまくいってくれればと願わずにはいられません。もしうまくいった場合、今後この診療所の医師は私一人になりますからかかる責任はこれまでとは比べものにならないくらい大きなものになります。そしてまた自分の技量が試されるということでもありますから、今から緊張感が漂っています。ただ、これまでの手応えからすればあまり肩肘張らずに今のままやっていけばいいのかなとも思うので自分を見失わないようにだけはしようと思います。(これで不調に終わったらどうしよう・・)
2002/10/14〜19 更新はお休みです。
今週も仕事の上では大きなこともありませんでした。相変わらず風邪は隠然と猛威をふるっているようで連日新患の受診が数名おられます。私もこのところ少し咳っぽくなりつつあり、気をつけねばならないようです。
これまで時々ここに今の職場の窮状について少し書いてきました。9月から本格的にここに移った私は未だ経営に関わる立場になってはおらず、また院長職を引き受けるにあたっての条件でも基本的に経営面にはできるだけ関わらないようにして主に診療面での責任を負うということでした。とはいえ診療所の経営というものは診療とは切っても切れないものではありますから、全く無関係ではいられないだろうというある程度の覚悟のようなものはあったのです。しかしここにきて経営が極めて厳しい状態でにっちもさっちもいかない状態になって私にどうにかしてくれといわれても、そういった窮状が以前からあったことを知らされもせず外濠を全て埋められた形でここに引き込まれたとしか思えない私にはどうする気も起きません。現在の窮状を招いた原因については私なりに部分的には知っていてその範囲でならばなんとかしようもあったのでしょうが、その全容を聞かされるに至っては正直親戚ながら開いた口が塞がらず手を貸そう気も消え失せてしまいました。いずれまた動きがあろうかとは思われるのでそれまでは今のままですが、そんなわけで私は今週経営陣に対し内々に院長職辞退を申し出ました。診療はしばらくは続けることになりますが。
今回のことではいろいろと考えさせられて、そういった意味ではいい経験をしたとも言えるかもしれません。今の自分を振り返ってみるに結局目の前にいる患者さんに自分の考え得る最良の医療サービスを提供しようとすること以外なにもできないのだということを改めて思い知りました。私の中では診療所を経営するにしてもそれができなければ立ちゆかない基本中の基本だという考えは変わっていませんが、一つの施設を運営するということはあらゆるリスクを引き受けることとある意味同義で今の私にはそれを背負うだけの器量(度胸ともいえるかもしれませんが)はないようです。将来的に自分がどのような形で仕事をしていくかはまだ全く判りませんが、いずれそのリスクを自分が納得した形で背負えるようにしようとだけは思います。形として今回は逃げたようになってしまい、その点での後ろめたさは多少あるのですが自分が全く関係しないところでのエラーの責任を自分が背負う必要はないと思うことにして自分を納得させました。ここに移り、もうこれからは平坦な道が続くと思っていたのですが、行く手にはまだもう少し山や谷がありそうです。
2002/10/7〜12 更新はお休みです。
今日は休みでした。このところいろいろあるので不眠傾向ではあったのですが、昨日の夕方に運動がてら1時間ほど散歩したためもあって昨夜は久しぶりにぐっすりと眠ることができました。明日は私の父親の71回目の誕生日なので今日の夕食は姉貴一家を交えて外食としゃれ込みました。相変わらず夜は今は本職の民謡教室に出かけまくりの父親は頭も未だ少し白髪が交じる程度で至って元気で息子の欲目抜きにみても若いです。一応高血圧の気があるので私にかかってはいるのですが、このままいつまでも元気でいて欲しいものです。このところ私のことで心配をかけているのでよけいに強くそう感じてしまいました。
今週は仕事の上では特に大きなことはありませんでした。ただ、私自身として極めて大きな心境の変化を招かせるような事態になりました。それは最近少しここにも記していたことに関連しているのですが、残念ながらここにかけるようなことではありません。ただ、私をして・・(自分でこんなことを書くのはどうかと思うのですが)この診療所を救いたいという気持ちでは人後に落ちないつもりだった私をしてさえ、今はここに来たことを心底後悔させてしまうような事態なことだけは確かです。というか、客観的にみると私は激怒してしかるべきだし、実際こうしてここで仕事をしていること自体おかしいと事情を知る極一部の人に言われてしまっています。今はもうそれを言われるまでもなく私の心もすでに離れてしまいました。私が医師になれたのはここの診療所があったからという恩は決して忘れてはいませんが、今年3月の大きな危機を救ってこの半年間勤めたことで充分にその義理は果たしたと割り切ることにしました。まだはっきりとした結論は出ていませんが、そう遠くない将来新たな決断をするときが来そうです。後悔先に立たずですが、今回は本当に軽率だったと反省する今日この頃。