8月はとにかく慌ただしい1ヶ月でした。今は潰えてしまいましたが以前から私はある野望を抱いておりました。時期は別としていずれ私は郷里に帰るつもりでいたので、その時には1ヶ月ほど休みをとるぞぉ〜っ!というのがその野望です。しかし、今回は事情が事情だけになし崩し的(ちょっと語弊あり)にこちらの職場に移行することになってしまい、結局それも叶わず終いになってしまいました。なので、せめてこれ位は・・ということでこの8月は郷里の診療所の水〜土の勤務をそのままにして月・火はお休みということにしました。千葉・福島の往復生活そのものはこの8月も続くことになりましたが千葉での仕事がないので精神的にも身体的にもかなり楽ではありました。とはいえ8月下旬には引っ越しが控えていますし、本格的に郷里に戻って腰を据えるということになれば今までお世話になった方々にもご挨拶せねばなりませんから、決してゆったりと休日を過ごせたわけではありませんでした。
8月5日(月):久方ぶりにヨメの横浜の実家を襲撃。ついでに横須賀時代の上司(現在横浜市内で開業)にご挨拶。私の手術手技は8割方この先生に教わりました。
8月13〜17日:郷里の診療所は14〜16日はお盆休みなので今年は5年振り(つまり、結婚直後以来)にヨメの熊本の祖父母宅を襲撃。今年93歳になる義祖父と86歳になる義祖母はまだまだお元気な様子でした。祖父母宅へは13日に一泊しあとは熊本城を見学してから熊本ラーメンを食し、その後阿蘇山見物に行きました。そして15日には今回の旅行のもう一つの目的であるshinji先生宅を襲撃!なんとかお会いすることができました(shinji先生、その節は本当にありがとうございました〜)。翌16日19時から池袋で母校病院の総合臨床研修医制度出身者の納涼会(実際には第1期生の大先輩が大学を退職されるにあたっての送別会)があるので午前中に熊本から池袋に移動しました。私からみればとても頼れる兄貴分と言える先生が退職されてしまうのはとても残念なことではあります。会そのものは先輩方や後輩達と語らいながらの楽しいものとなりました。17日は本来郷里の診療所で外来ですがお休みをもらって東京の宿から千葉の家に戻りました。後は現実が待っています。26日の引っ越しに向けての荷造りです。もっとも、私のやることの大部分は自分のコンピュータ廻りとAV機器関連の梱包だったりするのですがそれでもラックの解体などをするとまる1日はかかる作業となりました。
8月21〜24日は福島に戻って診療、25日は千葉で荷造りの追い込みとなりました。
26・27日はいよいよ引っ越しです。東京から千葉に越すときにも利用した「仕事キッチリ」の業者に今回も依頼し3トントラック2台の荷室が実に手際よく荷物で埋められていき2時間ちょっとで搬出は完了です。何も無くなってガランとした家の中を一回りして鍵をかけて2年9ヶ月過ごした家を後にしました。夜は実家で過ごし27日は9時から搬入です。搬出のときと同様に実に手際よく荷物が運び込まれて昼前には搬入が完了しました。あとは段ボールが積み上げられて床がほとんど見えなくなっているアパートの部屋を前に呆然と立ちつくすのみ・・とも言っていられないので少しずつ荷解きをしてようやく人が住めるようになったのは28日の夜からでした。
今はその「人の住みか」になったアパートでこれを書いています。仕事は28日から平常通りにしていて、診療所へは歩いて通うことにしました。自転車の整備が済めば自転車になることでしょうが。そして9月からは正式に私が診療所(I医院)の第3代院長に就任することになりました。現院長先生は理事長・相談役ということでそのまま仕事はお続けになるので実際のところは大きな変わりはありません。しかし院長となればそれなりの責任も発生するので身が引き締まる思いです。一方で現時点でも診療所の現状に関していろいろと言いたいことはあるので追々言っていこうかなとも思っています。でもやっぱりちょっと荷が重い・・。